1970年代のパイロット万年筆は面白い!【パイロット グランディー「PILOT GRANDEE 22KAGM」レビューと考察】
皆さんこんにちは。
今まで日本製の万年筆をいくつかレポートしてきましたが、改めて読み返してみるとパイロットの記事が少ないな、と。
手持ちのパイロット製万年筆はシルバーンとカスタム74くらいしかなく(ボールペンの記事は多いのですが…)、思い返せばあまり使ってこなかったことに気付きます。
シルバーンもカスタム74も共に中字(M)で、国産にしては少し太めに感じる字幅に、自然とセーラーやプラチナの出番が増えていった というのが現状です。
これは私がパイロットの万年筆に対して「字幅が他社と比べて太め」という個人的な固定観念と、何となくカスタム74のデザインが正直すぎて 自分の好みに合わなくなっていたという背景が。
しかし、たまたま見た某フリマアプリに「CUSTOM GRANDEE(カスタム グランディー)22KAGM」なる万年筆が出ており、このデザインが自分の中のパイロットの常識を覆すことになります。
GRANDEE 22KAGM(グランディー 22KAGM)は和モダンを感じるデザインに、18金ペン先を搭載したモデル。
胴軸の刻印から、1970年代中旬(1973年~76年あたり)にかけて発売されていたモデルではないかと推測。
50年ほど前の万年筆ですが、今見ても新鮮に感じるデザインの万年筆(と思うのは私だけでしょうか?)。
探究心が刺激され、現在3本の22KAGMが手元にありますが、調べれば調べるほど謎の多いモデルだと気付きます。
ということで、今回はこちらのパイロット製万年筆「パイロット グランディー 22KAGM」を様々な比較を交えつつレポートしていきたいと思います。
※集合体恐怖症の方は苦手なタイプの万年筆かもしれません。苦手な方はブラウザバックをお願いします。
今見ても新しい「GRANDEE 22KAGM」の和モダンなデザイン
こんなに美しい万年筆があったとは…!というのが、初めてグランディー22KAGMを見た時の感想。
直感的に欲しい万年筆に出逢ったというか、デザインだけで使いたいと思わせる万年筆です。
パイロットというと丸クリップで仏壇カラーのカスタムシリーズや、シルバーンのような首軸一体型のモデルは比較的数が多く、派生モデルを含めて普段から見ることも多々あるのですが…。
ゴールドトリム×ブラックの仏壇カラーには変わりないですが、クリップの美しさと、何よりインパクト大のキャップリングが目を引きます。
このデザインを男性的に捉えるとすれば、クリップはネクタイピン、キャップリングは親指のリングかベルトのバックルのよう。
女性的に見れば、クリップはイヤリングや髪留め、そして着物の帯のようにも感じ取れるキャップリング。
この万年筆から和的な美しさを感じるのは私だけでしょうか?
スペックは、
全長:140mm
重量:23g
意外と大きいということが分かります。
この大きさもお気に入りのポイント。筆記具としての存在感抜群です。
(サイズ比較は後半で!)
重量はこの後詳しく見ていく大型のキャップリングとクリップの重量もあり23g。
カスタム74が19gということを考えると、パイロットの樹脂軸の中では中重量級の万年筆です。
集合体恐怖症の方にはブラウザバック案件かも知れないキャップリング。
ハンマートーンとはまた違った、細かく彫り込まれたようなデザイン。
万年筆は星の数ほどあれど、これだけ太いキャップリングを有する万年筆はこのグランディー22KAGMくらいではないでしょうか?
この万年筆のデザインの肝でありながら、個体差が出やすい面白い部分でもあります。
※一点一点手彫りというわけではありませんのでそういった意味での個体差ではないです。
キャップリングの刻印は「PILOT GRANDEE 22KAGM」。
文字を打ち込んであることが見ただけで分かる、小さくて素晴らしい刻印。
横から見ると分厚いクリップ。
これもグランディー22KAGMを特徴付ける豪華な部分です。
煌びやかなトリムのデザインを引き立てる、マット加工の樹脂部分。
こちらも個体差(というか、使用により指紋で磨かれた感)がある本万年筆。
ミント品に近い個体は顕著にマットブラックですが、ラミー2000の樹脂ボディーのように長年使っていくと光沢が出てきます。
これもまた楽しいところ。
天冠には「パイロットコンパス」。
パイロットの社名自体が水先案内人を意味していることもあり、コンパスなデザインのロゴなんですね。
シルバーのロゴですが、後の項でこの辺りの個体差についても書いてきます。
リングのサイドにはブラックのライン。
クリップの根元について、一見固定されているようにも見えますが、実はしっかりとバネが内蔵されています。(これは分解してみて気付きました)
可動範囲は狭いですが、その気になればキャップ内部のマイナスネジを緩めて調整は可能です。
キャップを外して美しいペン先を見てみます。
この辺りの年代のパイロット社製万年筆のニブは、首軸に貼り付けてあるという仕様。
おそらくこの22KAGMも貼り付けニブでしょう。
ニブを収める首軸部分はグロッシーなブラックの樹脂。
シルバーのリングを挟んで胴軸側はマットブラックという粋なデザイン。
半開きの口のような、ニブのアーモンド型の穴。
インクの流れを良くするためのものでしょうか?(真意は不明)
この年代のカスタムシリーズ御用達の四角いハート穴と合わせて、こちらもデザイン的な特徴ですね。
輝かしい「18K-750 PILOT」の刻印。
下には字幅〈M〉の刻印。
左側面には「JISマーク」。
日本産業規格を表すマークで、日本が定める一定基準をクリアしているという証です。
1998年3月で文具などへのJISマークの表示が廃止されていますので、万年筆のニブでは見かけなくなりましたが、これが着いている筆記具は1998年以前の製造であることが判断できます。
ニブの右側面には「T1073」の刻印。
これはパイロットの製造年月を表す刻印で、このニブが「1973年10月」に作られたことが分かります。
頭文字のアルファベットは製造工場を表し、1960~70年代製造のものには「T」や「H」がついていることが多いです。(他のアルファベットもあるようですが詳細は不明)
ニブの製造年刻印についてはこちらの図をご参考に。
グランディー22KAGMのニブは今のところ「T1073」製のものしか確認できていません。
おそらく1973年の10月に大量生産され、廃番となるまでに再生産がなかったものと思われます。
2022/7/24追記:後に「T274」というニブに出会いましたので、翌年にもニブは生産されていたようです。
同じく胴軸にも製造年月を表す刻印。
手元のグランディー22KAGMは計3本のうち1本に「OR 13」、2本に「QT 10」の刻印があります。
万年筆として完成した年月として考えるなら、胴軸の刻印をもとに考えるのが良いでしょう。
手元の22KAGMのうち1本を例に例えて、
ペン先:T1073
胴軸:OR13
であれば、ニブの製造年月が「1973年10月」、胴軸の製造年月が「1974年6月13日」となり、この万年筆の製造年月はと聞かれた場合「1974年6月13日」となります。
以下、製造年月早見表を作成しましたのでご参考に。
※サイトによっては解釈している製造年月に差異がある場合があります。実際はアルファベットの欠番等(万年筆が生産されなかった年)があるのかもしれません。
22KAGMは個体差や謎が多い万年筆
さて、前項の内容を踏まえた上で、手元の3本のグランディー22KAGMを部位毎に比較していきたいと思います。
3本を並べてみます。
ぱっと見、すでに胴軸のマット加工の強弱に差があることが分かります。
これは個体差とも言えますが、先にも書いたとおり経年利用によりマット調のボディが指紋で削られ、ツヤが出てくるという可能性も捨てきれません。
艶が出た22KAGM(写真真ん中)も良いですね。
キャップリングの個体差ですが、このように「彫り込みの深さ」が異なることが見て取れます。
(左が深く、右が浅い)
彫り込みの形や並びから、2本とも同じパターンで彫り込みが入ってることが分かります。
したがって、これは手彫りではなく鋳造や機械による加工だということが理解できるのです。
天冠のパイロットコンパスのカラーもシルバーとゴールドがあります。
・左…シルバーロゴ、胴軸刻印「QT 10」「字幅M」「キャップリングの刻印ごく浅い」
・中…シルバーロゴ、胴軸刻印「QT 10」「字幅F」「キャップリングの刻印深い」
・右…ゴールドロゴ、胴軸刻印「OR 13」「字幅M」「キャップリングの刻印浅い」
となり、上記から推察すると後発のモデルだとロゴがシルバーになる傾向でしょうか。
しかし、これは3本の22KAGMでは判断に難しいところがありますね。
そして、このグランディー22KAGM万年筆において、一番の謎が「本体の構造」です。
写真を見て頂いて分かるとおり、ネジ切りの構造が異なるものが確認できます。
これは非常に興味深く、この謎を解明してこそ この万年筆を理解したと言えるでしょう。
片方の22KAGMは首軸側に金属ネジがついていて、もう片方には胴軸側についています。(厳密に言うと金属ネジは首軸・胴軸の両側にあり、どちらかが露出しているという状態)
製造年代による仕様の変化と思いきや、同じ胴軸の刻印「QT 10」で確認できるという謎。
同じ製造年代の胴軸刻印で確認できる仕様の違い。「QT 10」(1976年8月10日製造)。
それも結構大きな仕様違いと言っていいでしょう。
ちなみにどちらの仕様においても、コンバーター「CON-50」には非対応となっており、カートリッジは「CON-40」およびカートリッジが適合します。
このように謎が多い魅惑の万年筆「GRANDEE 22KAGM」。
デザインだけでなく、個体差や仕様の違いなど様々な要因が重なって面白すぎる万年筆となっています。
パイロット万年筆の字幅比較
続いて、パイロット万年筆の書き味と字幅の比較を、グランディー22KAGMの書き味と合わせて行っていきます。
現代のエントリーモデルでは14金がメインのパイロット万年筆。
22KAGMは過去のモデルですが、18金ペン先を搭載していますので、当時としてはなかなか値が張ったのではと推測します。
そういう意味では、リーズナブルな値段で手に入るユーズド品で18金を楽しめるグランディーは、パイロットの書き味を試すのに 正に持って来いのシリーズではないでしょうか。
まず、筆記時にキャップを尻軸にポストするかどうかという話ですが、筆記時の全長が127mmのためこのままでも十分な長さ。
重量もキャップ無しだと11gという軽さです。
キャップを尻軸にポストするとかなりロングな万年筆となり、重量バランスももちろんリアヘビーとなります。デザイン的には尻軸にポスト一択ですが、筆記のし易さはキャップ無しですね。
グランディー22KAGMの細字と中字を書き比べてみました。
今回初めてパイロットの細字を試しましたが、いや~、良いですね!
今までほとんどセーラーとプラチナがメインでしたが、流石は日本語の書きやすさに拘って作られている「CUSTOM」だけのことはあります。
まず紙へのタッチの柔らかさ。
慣れれば抑揚のついた文字もマスターできるでしょう。
細字に限ったことではないのですが、パイロットは紙へのタッチが基本柔らかだと感じます。
セーラー(柔)とプラチナ(硬)とのちょうど中間くらいという感じがしますね。
次にこの3本の外観やサイズを比べてみます。
左から、カスタム74(SM)、グランディー22KAGM(F)、シルバーン トク(M)。
まずサイズを見てお分かりの通り、軸径は違えどカスタム74とほぼ全長が同じ。
それに加えてこのインパクトのあるキャップリングですので、満足感も高く、持っていて嬉しくなります。
ペン先の比較です。
並びは先ほどと同じで、左から、カスタム74、22KAGM、シルバーン。
22KAGMは丁度シルバーンのペン先部分を切り出したような形のニブ。
ただ、違いは切り割りの長さで、シルバーンの書き味は同じ中字でも22KAGMよりもインクフローが良く柔らかな印象です。
22KAGMの逆に渋いとも言える書き味が私には合っており、抑揚をつけた文字を書きたいときはグランディーの出番となります。
カスタム74とシルバーンのペン先にも製造年月の刻印はあり、
この2本だと、
カスタム74…2003年2月製造(生産工場:Bライン)
シルバーン…2007年11月製造(生産工場:Aライン)
※ともに平塚工場製
となります。
個人的にシルバーンの「A」が「a(小文字)」なのが何故なのか気になるところ…。
パイロットの書き心地については、中字より細字の方が書きやすく感じます。
というか、今までパイロットは「M(中字)」か「SM(軟中字)」しか使ってこなかったため、細字の書き味が新鮮ということでもありますが…。
とにかく、パイロットの書きやすさを再発見することとなった「22KAGM調査案件」と言えましょう。
22KAGMを選ぶ時の注意点とよく見かける状態
それでは最後に、ユーズド万年筆を選ぶ際(ここでは22KAGM)の注意点と、状態を判断する方法を書いていきます。
まず、どういうわけか外観は美品が多いグランディー22KAGM。
1973年発売当時の価格は8,000円。
ユーズド市場での価格は5,000円弱~状態が良いもので10,000円強でしょうか。
しかし、ユーズド万年筆の価値は買う(使う)人間が決めるもの。
多少高くても、気に入れば買って損は無し。
ただ、注意点として個体が次の状態でないかどうかはチェックが必要です。
ペン先の状態は必ず見るようにしましょう。
グランディー22KAGMにいおいて本当によく見かける状態。
ペン先の曲がりや開き、ニブの傷、首軸の傷などです。
この状態の個体は非常に多く、実は私の手元の3本のうち1本はこれです。
シャケの口のようになってしまっている22KAGMのペン先。
こうなっていてはいくら18金ペン先であっても書き味もクソもないです。
ペン先は最終的な判断として、調整師の方にお願いして復元できるとしても、ニブの傷や首軸の傷は綺麗には直せません。
ペン先の曲がりの原因は落下とも見て取れますが、それでは首軸の傷の説明がつきません。
どうしてこのような個体が多いのか、考察していきます。
手元のペン先曲がり&首軸傷の個体のキャップの中身はというと…。
この画像ではすでに直してしまった後ですが、赤い矢印の「首軸固定金具」の曲がりが影響していました。
キャップの口に向かって伸びている金具の足が見えますが、前オーナーがおそらくキャップをする際ペン先を斜めに差し込んで、ペン先が引っかかったまま閉めてしまったのでしょう。
図で表すとこのような感じではないかと。
足のうちの1本がキャップの奥に向かって曲がっていましたが、何とか直せました。
しかし傷だらけの首軸は元に戻せません。
▲傷のない綺麗な首軸はこのような見た目
これは自分自身も使用する上で気をつけなくてはなりませんね。
この頃製造されていたパイロットの万年筆は、ニブがペン先に貼り付けられているというのは前にも書いた通り。
そのためか、22KAGMは首軸の中でもペン芯ごとペン先部分のみを取り外すことができます。
おそらくペン先修理の際はこの部分を取り替えていたのではないかと。
まさに大量生産大量消費の時代。
壊れたペン先を調整するまでもなく、ペン先ごと交換してしまおうという意図が見て取れるのが面白い。
※実際にそうだったかのかは不明です
以上、ユーズドのグランディー 22KAGM万年筆を入手される際に気をつけるべき点でした。
購入される際は是非 参考にして頂きたいと思います。
さて、以上がパイロットの1970年代の万年筆「GRANDEE 22KAGM」の調査結果報告となります。
ひと言でいうと、パイロットの1960~80年代にかけての万年筆は「面白い!」に尽きますね。
22KAGMは1970年代の筆記具ですが、デザイン、個体差、仕様違い等の面白みの他、18金ペン先を搭載した貴重な過去モデルと言えます。
細字のパイロットが私にここまで快適な筆記をもたらすとは考えていませんでしたので、機会があれば他のモデルも試してみたいと考えています。
過去パイロットの発掘が面白くなってきました!
しばしば研究に取りあげたいと思います。
それでは今回はこの辺で。
最後までお読み頂きありがとうございました。
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